大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)6936号 判決 1975年3月14日
原告
国際興業株式会社
右代表者
坪井準二
右訴訟代理人
寺浦英太郎
外四名
被告
大阪市
右代表者市長
大島靖
右指定代理人
森三郎
外五名
主文
被告は原告に対し、金七七三万七八四二円、およびうち金四四万二六二〇円に対する昭和四二年一月一三日から、うち金七二九万五二二二円に対する昭和四五年四月一六日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
被告は原告に対し、金二八七九万七四〇八円および内金二四八万円については昭和四二年一月一三日から、内金一六〇〇万円については昭和四五年四月一六日から、内金一〇三一万七四〇八円については昭和四六年一月一日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二 請求原因
一、事故の発生
1 日時 昭和四一年三月三日午前零時二五分頃
2 場所 大阪市大淀区長柄西通三丁目一二番地先中津運河沿い道路上
3 事故車 原告が保有する営業用普通乗用車(タクシー、大阪五あ八〇五号―以下、本件事故車という)
右運転者 訴外高尾十太郎(以下高尾という)
4 被害者 亡宮崎葉子、亡西井正行、亡西井愛子
5 態様 本件事故車が前記道路上から中津運河に転落したため、同車に同乗していた右被害者三名がいずれも溺死した。
二、被告の責任
本件事故は以下に述べるとおり、被告大阪市の、道路管理の瑕疵によつて生じたものである。すなわち、
1 本件事故現場は、中津運河(以下単に運河という)の南岸沿いに、ほぼ東西に走る幅員約4.9メートルの道路(被告大阪市が設置、管理する市道であり、以下本件道路という)と、それに東南の方向から斜めに交わる幅員約六メートルの道路、および、南の方から本件道路にほぼ直角に交わる幅員約七メートルの道路とが交差している変型交差点内である。
2 本件事故現場付近においては、運河の護岸壁は本件道路より低く、そして本件道路は道路中央部から運河に向つて下り勾配となつており、同所付近では夜間、ことに雨天の際は、雨と運河から立ち上るもやのため、運河と本件道路とが一体になつてみえ、運河の存在を確知しにくい状況にあつた。したがつて、本件事故現場付近は、夜間車両等を運転して本件道路に進入する運転者にとつて、極めて危険な道路状況となつていた。事実同所付近を通過する車両の運転者が、運河を道路と間違えたため運河に転落した事故が、昭和三八年五月一八日から、昭和四一年二月までの間に一二件も発生している。
3 このように本件事故現場付近は危険な場所であつたのにかかわらず本件道路と運河との境界にはガードレールその他の保護施設が何ら設置されておらず、また本件事故現場付近には、何らの照明設備もないまま放置されていた。このことは、本件道路が、道路として通常有すべき安全性を欠くものであり、被告の、本件道路の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。
4 原告会社大阪支店にタクシー運転手として勤務していた高尾は、本件事故当日の深夜、本件事故車に前記被害者三名を乗客として同乗させ、大阪市大淀区天神橋筋から同区長柄西通方面へ向つて運転走行中、本件道路に東南の方向から斜めに交わつている道路を時速約一〇ないし一五キロメートルで進行し、本件交差点にさしかかつた際、乗客の指示にもとづき、ハンドルを右に切り、ついで左に切り直して時速約一〇キロメートルで進行しようとしたところ、突如として目の前に運河が現われたので、直ちに急停車の措置をとつたが及ばず、車は運河に転落したものである。ところで本件事故現場では、当時雨が降つており、かつ運河から強いモヤがたちこめていたため、照明や保安設備のない前記道路状況とあいまつて、事故車の運転者である高尾にとつては、運河が道路のように見え、同人において前方注視義務をつくしても、あらかじめ運河の存在を確知することが全く不可能な状態にあつた。したがつて、前記のように高尾が運河の直前に至つてその存在を知つたことをもつて同人の過失であるとはいえず、本件事故の発生につき同人には過失として責められるべき点はない。
5 以上のように、本件事故は、もつぱら被告の本件道路の管理の瑕疵のみに基因するものであつて、被告は国家賠償法二条に基き被害者らに対し損害賠償義務を負担するものであるところ、高尾には何ら過失がなく、かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、原告には本件事故につき被害者らに対する損害賠償責任がない。
三、原告の弁済<以下略>
理由
第一交通事故の発生
<証拠>によれば、請求原因一の事実が認められる。
第二被告の責任
本件事故現場の道路が、被告が設置、管理する市道であることは、当事者間に争がない。
原告は、本件事故は被告の道路管理上の瑕疵に基因するものであるから、被告は国家賠償法二条により、被害者に対し本件事故による損害を賠償すべき義務がある旨主張するので、先ずこの点について判断する。
一本件事故現場の状況
<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場は、淀川南岸の堤防沿いに東北東から西南西に流れる幅約一五メートルの中津運河の南岸を通ずる幅約五メートルの道路(本件道路)と、この道路に対し、阪急千里山線高架東側沿いに南から北にほぼ直角に近い角度で交わる幅約七メートルの道路および東南東から西北西に向つて斜に鋭角で交わる幅約六メートルの道路とが交差している変型交差点内であること。
2 本件道路は、被告の市道であり、大阪市土木局の出先である西北土木工業所において、その維持、管理に当つていたこと、右道路は凸凹の多い非舗装の道路であつて、本件事故付近においては、その中央部から北側の部分が運河の方向に向つて約四〇センチメートルの高低差のある緩い下り勾配となつており、同所付近には豆炭等の灰が捨てられていて、降雨があつた際には泥土状態になつて滑りやすい道路状況となつていたこと。
3 中津運河の水面は、本件道路よりも約七〇センチメートル低くなつていること。
4 本件事故現場付近は、街路灯その他格別の照明設備がないため、夜間においては全くの暗やみとなり、前方の見とおしが悪くなるのであるが、殊に雨天の際には、運河上にしばしば、もや・霧が発生し、それらが本件事故現場を含む本件道路上にも立ちこめるため、夜間、本件交差点の南側あるいは東南側の道路から、本件交差点に進入する車両の運転者にとつては、雨と前記のもや・霧とが前照灯の光で、本件道路から運河にかけてほぼ一様に白く照射されるために、前方注視を厳にしていないと、運河の存在を見落す虞があつたこと。
5 本件事故当時、本件事故現場付近には前記のとおり街路灯その他照明設備が一切設けられておらず、また本件道路と運河との境には、ガードレールその他の防護施設や注意標識等が何ら設置されていなかつたこと。
6 本件道路を中心にして、本件道路沿い約二キロメートルくらいの範囲において、自動車が道路から運河に転落した事故が、昭和三八年頃から本件事故発生に至るまで、合計一一件も発生しており、うち一件は、本件事故現場と同じ箇所において発生したものであり、そして右各事故はいずれも夜間で、ほとんど雨天の際に起きていること、右事故現場付近の地元住民らは、事故発生の都度所轄大淀警察署に対し事故防止対策に関する陳情を行い、同署においても再三被告に対し適切な事故防止措置をとるよう具申していたが、被告は何ら抜本的な対策を構じようとせず、本件事故現場附近も格別の措置をとることなく放置していたこと。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
二瑕疵の有無について
右認定の事実によれば、本件事故現場は、運河に向つて二本の道路が集まつている場所であり、そのすぐ北側は運河に接し、しかも運河に向つて緩い下り勾配となつており、雨天の際には滑り易い状況で、運河の水面は本件道路より約七〇センチメートルも低くなつているという危険な地形になつているうえ、夜間は全くの暗やみで見とおしが悪く、殊に降雨の際には本件道路と交差する二本の道路から本件交差点に進入する車両の運転者にとつては、雨と運河に立つこめる霧やもやのために前方(運河方向)に対する視界が一層悪くなつて運河の存在を確知し難く、これを見落す虞があつたのであるから、道路管理者たる被告としては、道路上の交通の安全を確保するため、本件事故現場付近に照明設備を施すか、本件道路と運河との境界に防護柵や注意標識等を設備しておくべきであつたのであり、これらの設置が全くなかつた点において本件道路は公共の道路として通常備えるべき安全性を欠いていたものといわざるをえず、したがつて本件事故当時被告の本件道路の管理には瑕疵があつたというべきである。
三因果関係について
原告は、本件事故はもつぱら被告の前示道路管理の瑕疵によるものであり、事故車の運転者たる高尾には過失がなかつた旨主張するので、この点について検討する。
前記認定の事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 高尾は、本件事故車の後部座席に被害者ら三名の乗客を同乗させたうえこれを運転し、事故当日の午前零時二五分頃、本件交差点に東南東から西北西に通じる道路を、時速約二〇キロメートルで、前照灯を上向きにして照射しつつ同交差点に向けて進行していたこと。
2 当時本件交差点付近では前日から降り続いていた雨のため運河と道路を含む付近一帯には夜霧が発生し、街路灯その他の照明もない深夜であつた関係上、事故車の進路前方に対する見通しがかなり悪くなつていたこと。
3 高尾は、右の状況の下で事故車を運転して本件交差点入口付近にさしかかつたのであるが、その際、乗客の西井正行の指示により同交差点を右折しようとしてハンドルを右に切つた瞬間、同人が再び左折するように命じたので、ブレーキをふみほとんど停止するような速度に減速し、ギヤをローに入れながら軽くハンドルを左に切つたのであるが、その際車首と運河の岸との距離は自車の直進方向で約7.8メートルであつたこと。
4 しかし高尾は前方に運河があることに気づかず、自車が通過して来た道路の延長方向にも道路があるものと思つて、時速約一〇ないし一五キロメートルでそのまま進行を続けたところ、急に自車の右前輪が下つたので、初めて運河があることに気がつき、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを大きく左に切つたが及ばず、自車を運河に転落させたこと。
5 前記のとおり当時本件事故現場付近には防護柵や注意標識がなく、かつ運河方向に対する前方の見通しがかなり悪かつたため、車両の運転者にとつては運河の存在を見落す虞もあつたのであるが、前方注視を厳にしている限り、前照灯の照射により少なくとも約一〇メートル前方までは見とおせる状態にあり、その範囲では道路と運河との区別を識別しうる状況にあつたこと。
6 高尾は、事故当時まで一年半程タクシー運転者として大阪市内を走行していたが、本件事故現場付近の地理については不案内であつたこと。
以上の事実が認められる。<反証排斥略>
そして、以上認定の事実によれば、高尾は本件事故当時、地理不案内な本件事故現場付近を走行するに際し、同所付近が全くの暗やみであり、しかも降雨と霧のため前方の見通しがかなり悪かつたのであるから、乗客を運送する職業運転者として通常の場合に比して進路前方に対する注視を一層厳にし、前方の道路が通行に防げのない道路であることなど交通の安全を十分に確認し細心の注意を払つて進行すべき注意義務があるにもかかわらず、本件交差点に進入した際、進路前方の見とおしが悪かつたため前方に運河があるのに気付かず、漫然、本件道路の北側にも何らの障害物のない道路が続いているものと軽信し、その後右折を開始しかけ、ついで客から左折するよう言われてブレーキをふみ、極度に減速して直ちに軽くハンドルを左に切り、その際車首と運河の岸との距離が直進方向で約7.8メートルで、前照灯の照射により道路と運河との境界の区別を確認することができたのに、前方注視を厳にしていなかつたため運河の存在に気づかず、なお道路があるものと考えて、そのまま進行し続けた過失があるものといわねばならない。
なお原告はこの点につき、本件事故当時は、降雨と霧とのために、前照灯の光で運河と本件道路とが一体となつて見える現象を生じ、高尾において前方注視義務を尽してもなお、運河の存在を確知することはできなかつたと主張するが、なるほど本件事故当時は、降雨と霧のため視界は悪かつたものの、前認定のとおり前照灯を照射しつつ進行した場合には、少なくとも約一〇メートル前方まではその道路状況を確認しうる状況にあつたものと認められるところ、前記のように本件において高尾が乗客から左折を指示され、ギアをローに入れかえてハンドルを左に切り、西北西の方向に向つて発進し始めた地点における本件事故車の車首と、運河南端との距離は直進方向で約7.8メートルであつたことからすれば、遅くとも、右の左折開始の時点においては、高尾において前方注視を厳にすることにより、運河の存在を認識し、直ちに制動措置を講ずることによつて、運河の手前で停車しえたものと認められる(この時点において本件事故車が直ちに停止しうるような速度で進行していたことは、前記認定のとおりである。)。
<証拠>によれば、夜間、雨天の際自動車で本件道路の南側あるいは東南側の道路から本件交差点に進入していつた場合、雨と、本件事故現場付近に発生する霧とが前照灯の光に照らされて白く見え、本件道路とその北側の中津運河とがほぼ一体となつているように見える場合があることが認められるけれども、右は単に一般に夜間、雨天の際自動車で本件交差点に進入しようとする者が前方を見た場合に、本件道路が運河と一体となつて見える場合があるという誤認の可能性を示すに留まるものであり、右の各証拠によつても、自動車の運転者において視界の具体的状況に対応して前方の注視を一層厳にし、細心の注意を用いて進行してもなお、道路の運河との区別が不可能であつたものとは到底認めることができず、しかも本件の具体的状況下においては、前記のとおり左折開始時点で右の識別が可能であつたものと認められるから、原告の、この点に関する主張は理由がない。
次に、本件事故当時、事故現場付近には照明設備や防護柵等の安全設備がなく、これを欠いていた点において被告の本件道路の管理に瑕疵があつたことは、既に認定したとおりであるところ、被告において本件事故現場付近に照明施設を備なえるか、あるいは防護柵等の安全設備を設置していたならば、本件事故の発生を防止しえたであろうことは、容易に推認しうるところである。
そうすると、本件事故は、高尾の前記過失と被告の道路管理の瑕疵とが競合して発生したものと認められる。
してみると、被告は、国家賠償法二条にもとづき、原告は、自賠法三条にもとづき、共に連帯して被害者に対し本件事故による損害を賠償する責任がある。
第三原告の不当利得返還請求ないし事務管理にもとづく費用償還請求について
原告の右請求は、本件事故による損害を賠償する責任が被告のみに存し、原告には存しないことを前提とするところ、その主張が失当であることは前示のとおりであるから、右請求はいずれも理由がない。
第四原告の求償請求について
1 原告と被告が前記被害者らに対し、共同不法行為者として連帯して本件損害賠償債務を負担していることは前示のとおりである。ところで共同不法行為に基いて不真正連帯債務を負担する者は、自己の負担部分を超えて債権者に弁済した場合には、他の債務者に対し求償ができるのであるが、共同不法行為者間の内部的な負担割合は、共同不法行為において明らかとなつた各行為者の過失の割合(本件事故についていえば、高尾の過失と被告の道路管理との瑕疵との本件事故に対する寄与度の割合)によつて決定されるべきものである。そこで本件における原被告の損害負担割合について検討するに、本件事故は被告の道路管理の瑕疵もその一因となつて発生したものであるとはいえ、事故の直接の原因は、高尾が職業運転者として最も基本的な注意義務である前方注視義務を怠つた点にあること、および前記認定の場所的状況、時間、気象状況、運転状況、事故の態様その他諸般の事実関係を総合すると、原告と被告との負担割合は、前者が七、後者が三と認めるのが相当である。
2 次に、請求原因三の1、2の事実は当事者間に争がなく、<証拠>によれば、原告が被害者らに支払つた金額が、適正な損害額の範囲を超えないものであることが明らかである。ところで原告が被害者亡宮崎葉子の関係で自賠責保険金一〇〇万四六〇〇円を受領した事実は当事者間に争いがなく、また前示の事実関係によれば、原告には自賠法三条の賠償責任があるから右金員の受領は有効であり、かつ原告は被害者亡西井正行、同西井愛子の関係においても自賠責保険金二〇〇万円を受領しうる請求権を取得したことが明らかである。
そして、原告が民法四四二条一項に基づき、被告に対し求償しうる額を算定するについては、原告が出捐した金額のうち終局的に原告の負担に帰する実損額を基礎としなければならないところ、本件における求償額算定の基礎となる原告の実損額は、前記原告の弁済額から自賠責保険金を差引くと、亡宮崎関係で一四七万五四〇〇円であり、亡西井正行、同愛子関係では、二四三一万七四〇八円となる。(以上合計二五七九万二八〇八円)
3 そして前記認定のとおり、原告と被告の損失分担割合は、前者が七、後者が三と認められるから、結局原告が被告に対して求償しうる額は、亡宮崎関係では一四七万五四〇〇円に一〇分の三を乗じた四四万二六二〇円と、これに対する右金員の現実の支払い日より後であることが明らかな、本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年一月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員であり、また亡西井正行・同愛子関係では、二四三一万七四〇八円に一〇分の三を乗じた七二九万五二二二円と、これに対する原告が被害者らに対し一六〇〇万円を支払つた日の翌日である昭和四五年四月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員であり、したがつて、被告は原告に対し、右各金員を支払う義務がある。
第五結論
以上の次第で、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(奥村正策 二井矢敏朗 及川憲夫)